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赤穂緞通工房 ギャラリー東浜 池上和子×もりが考える
伝統工芸のブランディング

知ってもらうために「それがある風景」を見せた。
もり:貴社との出会いを振り返ると、2016年からのようです。「赤穂緞通(あこうだんつう)という伝統工芸品を広めるために、一人で頑張っている女性がいる。その人をサポートできないか」と、他のクライアント様からお声がけいただいたのがきっかけで、パンフレットの制作からスタートしました。当時は職人として独立されてどれくらいの頃ですか?
池上:1年経つか、経たないかくらいの頃かと。
もり:当初からPRの必要性を考えていたんですか?
池上:計画立てて考えていたわけじゃないんですが、いろんな方とお話をしてみて「赤穂緞通」のことをご存知ない方がすごく多いことがわかって……。口での説明では補えないところをカバーできるものが欲しい、どうせなら、赤穂緞通の魅力をちゃんと表現できるものが欲しいなという思いはありました。
もり:私も、お話をいただくまで「赤穂緞通」を全く知らなくて、事前に調べようと思っても当時は赤穂緞通の情報がほとんどなかったんですよね。そんな状態のままギャラリーにうかがって、『鳳凰』がベッドサイドに敷いてあるのを見たとき、「ものすごく意外!」と思ったのを覚えています。古臭さが全くないし、「和」というだけじゃないなと。そういう「赤穂緞通」を初めて目の前にして感じた印象を、カタチにできたらと思ってパンフレットづくりが始まったと思います。空間の和洋を選ばないし、緞通にデザインされる伝統模様も昔から受け継がれていろんな時代も超えていくというか。そういう、ボーダーレスなところを表現できればと。
池上:撮影の時も、調度品が揃っている豪華な和室とか、ログハウス調のかわいいパン屋さんとかいろんなロケーションを厳選していただいて。私も、あの時に発見できたことがいろいろありました。赤穂緞通の魅力というか、日本の、忘れかけていたものの良さをもう一度思い出させてもらったというか。
置いているだけではわかってもらえない赤穂緞通の良さを “空間で見せる”というか、赤穂緞通を置いたときに“その空間がどんなふうに見えるのかを見せる”ということを表現してもらえたと思います。そういう表現を、あの当時は誰もしてなかったと思うんですよ。
もり:撮影場所にご提供いただいた皆さんも、とっても喜んでくださいました。パンフレットにも書きましたが、和子さんが赤穂緞通の織元をされていたおばあさまから思いを受け継いだように、赤穂緞通を購入された方のお子さん、お孫さんもまた、思いのようなものを受け継いでいく。そこがまた素敵ですよね。
池上:あぁ、うれしいですね。3世代にわたって持ち続けてくださるお客様もいて、「おじいちゃんの代から持たせてもらってる」というお孫さんが「自分も買えるようになったから買いたい」ってお越しになったこともあります。
もり:『150年の系譜』というキャッチコピーも喜んでいただけましたが、職人をしながらトランペット講師もされていたり、ギャラリーには、おばあさまから贈られたオルゴールも大切に飾られていたり、数ある赤穂緞通の工房の中でも「赤穂緞通工房 ギャラリー東浜」にしかない背景を表現したいと思ったんです。
池上:私ね、この「系譜」っていう言葉、ほんっとうに気に入っています!
もり:ありがとうございます。貴工房のwebサイトや動画を制作して公開してから、他工房さんのwebサイトもどんどん増えていきました。10年前は職人の高齢化も危惧されていましたが、赤穂緞通自体、若い職人さんが増えているんですか?
池上:そうだと思います。今、うちに来ている研修生も、うちのSNSを見て岡山県から連絡をくれたんです。ギャラリーにこられる方も、webサイトを見て来られる方が多いですね。
もり:どれくらいの割合ですか?
池上:9割くらいの方が「webサイトがきっかけ」です。
もり:そんなに!
池上:ドイツでアートを勉強されている日本の方も、webサイトを見て来てくださったんです、ドイツから。 「世界観がわかるwebサイト」って言って、作品も買ってくださって。うれしいですよね。ギャラリーのお客さまもおしゃれな方が多くて、そんな方が「雰囲気がいい」って言っていただくのも、いいツールを作っていただいたおかげかなと。
もり:作り手としてうれしいです。そういう道筋ができていったのはうれしいですし、それこそが「本当の成果」というか。一緒に作ったwebデザイナーさんにも伝えます。

今、気持ちよく仕事ができてます!
もり:いろいろと状況が変わって、和子さん自身も心境の変化はありますか?
池上:伝統工芸品って、なかなか理解していただけないところがありますけど、その魅力を知ってもらうために新しいことにも挑んでいきました。本当にゼロから開拓してきた気持ちです。まだ認知されていなかった頃は「赤穂緞通を仕事にしてます」っていうと「いい趣味ですねぇ」って言われたこともありました。
もり:えーーー!
池上:言い返せない悔しさや、反対に「仕事」って言うのが申し訳なく感じたこともあったんですが、今は「いい仕事ができてるなぁ」って思います。いろんな方に認知されるようになると、「すごくよかったから」ってご友人を連れて来てくださって、そのご友人も購入してくださる。いいお客さまとのご縁が、1回で終わらないというのが自分の自信になっているというか。いいご縁がつながっている感じがありがたいなぁと。来ていただいて、よかったから紹介したいというのが、いちばんうれしい繋がりかもしれないです。
もり:「知られていない」と「知られている」の差が、ずいぶん大きいですよね。
池上:すごく気持ちよく仕事ができてるんですよ、今。
もり:いい顔してますもん!
池上:職人同士とはまた違う世界の人と繋がりができたことも大きいと思います。「やっても理解してもらえない」と、もがいた暗黒時代もありましたが、あの頃がなかったら今のありがたみを感じなかったかもしれないですね。

伝えるためにはキャスティングも大事。
もり:コロナ禍にはグッズも作りましたね、伝統模様をモチーフにした「クリアファイル」と「一筆箋」。赤穂緞通を身近に感じてもらえる、赤穂緞通のことを忘れないでもらえるものを、という思いから始まったかと思います。
池上:初めて一筆箋が500冊納品された時、想像以上の多さに(これは一生分あるな……)って思いましたが(笑)、結果として増版しましたし、クリアファイルもたくさんご購入いただいています。
デザインがどれも格調高いまま、ちょっとおしゃれでモダンで、洗練されてて。(グッズに表現するのに)すごく難しかったと思うんですけど、世界観をちゃんとわかってもらって、私の好みに仕上がりました! 私、森さんが身につけてるものも結構好みで(笑)、そういう趣味の部分が合う合わないって大事かなと。
もり:(照笑)それ毎回言ってくださるから照れ臭いんですが、言葉では伝わらない部分もどうしても出てきますよね。だから、グッズを作る時はアパレル商品も作っているグラフィックデザイナーさんをキャスティングしました。和子さんと、作り手として共感しあえるかもと思って。パンフレットの時と同じ事務所の、グラフィックデザイナーさんなんですけどね。
池上:Webサイトを作った時もそうでしたけど、ご紹介いただくスタッフのみなさんが素敵な方なので、安心してお仕事できたと思います。
もり:ありがとうございます。
池上:仕事以外の人間性のところが信用できる人だと、説得力があるというか。そういうの、ないですか?
もり:わかります、わかります。
池上:仕事内容にも出るんですけど、信頼できる・できないって大きいなって思います。
もり:さらっとすごいこと言われました (笑)。これからチャレンジしたいことをお聞かせいただけますか。
池上:2026年は、ギャラリーがオープンして10年になりますし、研修生も卒業するという節目の年になるので、彼女の地元の岡山でお披露目みたいな展示会ができたらと思っています。あとは、海外にももっと精力的にチャレンジしていきたいですし、同時に、赤穂緞通の魅力が伝わるような新しいことをしたいな思って、実はもう動き始めているんですが。
もり:ますます楽しみですね。私も、自分の赤穂緞通を作ってもらうという目標を叶えるためにがんばります。

『赤穂緞通(あこうだんつう)』は兵庫県赤穂市で作られる一畳敷の織物で、一枚の制作に半年以上費やされる県の伝統的工芸品。鍋島緞通 (佐賀)、堺緞通(大阪)と並ぶ「日本三大緞通」と呼ばれ、独自の工程で表現される柔らかな手触りと美しい文様は赤穂緞通ならでは。2016年に設立された工房兼ギャラリー「赤穂緞通工房 ギャラリー東浜」では、一畳敷はもちろん、20cm四方の「小窓緞通」や赤穂緞通をモチーフにしたグッズなど、赤穂緞通を身近に感じてもらうアイテムも制作。東京・九段ハウスをはじめ、国内外で行われる日本の伝統工芸をテーマにした展示会に積極的に参加しており、近年は海外からのギャラリー訪問者も増加。代表で赤穂緞通職人の池上和子さんは、トランペット講師としても活動中。